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マグロ散ル、水蒸気の朝に。

原発牛乳がマグロとは特に関係の無い話をたまに書きます。

太宰治と私


中学生の頃、人口500人くらいの島に住んでいたため同級生は私以外に3人しかおりませんでした。
小学5年まで名古屋のマンモス校に通っていた私はカルチャーショックを受け、生徒と教師の距離の近さに驚きと嫌悪を感じ、学校に行くのを嫌がるようになります。
母は2日くらいは私の仮病に騙され(たフリをし)て休ませてくれるのですが、3日も続くと堪忍袋の緒をブチ切らし
「学校に行きなさい!!!」
と懇願されました。

私は何とか学校に行きましても授業は適当に聞き流し(あの頃は勉強なんてしていなくても成績がとても良かった)、暇さえあれば腹痛や頭痛を訴え保健室に逃げ込みます。
あわよくば学校から逃げ出してしまいたかったのですが、それをやってしまうと狭い島なので「あの人のとこの子はキチガイだ」という噂が立ち、より一層生きにくくなるため思いとどまりました。


私は本ばかり読む子どもでした。
中学生の時に好きだったのは太宰治江國香織
太宰治は「斜陽」が一番好きで、何度も何度も読み返し文庫本がボロボロになったのに今はぼんやりとしか内容を思い出せません。

江國香織で一番好きだったのは「流しのしたの骨」。
主人公のニートの女の子が付き合い始めたばかりの恋人に喫茶店で
「そろそろだと思うの」
というようなことを告げホテルに連れ込み事を成し
「私たち2匹のならんだカマスみたい」
という感想を持つ、なんというか頭がゆるふわ過ぎる女の子なのですが、登場人物全員がどこかズレていてそこが愛おしいのです。
一番まともなのは弟の律だと思いますが、律も美少女フィギュアの色塗りのバイトを学校にバレて謹慎をくらったり、なかなかパンクな一族であります。


私が当時住んでいた祖父の家の前は海で、後ろは山でした。
海は私が中学生になる年に少しだけ埋め立てられ、綺麗に整地されたので私はよくその防波堤に寝転がり、太宰治の小説を読みました。
江國香織は家の中で読むことが多かったのですが、太宰治芥川龍之介の小説は外で読みたくなったものです。
外といっても昼間など誰も通らないド田舎なので、たまに郵便局員(同級生のお父さん)の方が郵便物を持って来て、玄関前の整地された土地にタオルを頭に被って寝転がり「人間失格」などを音読している私の姿を見つけたときは下手なホラー映画を見るよりもきっと恐ろしかったことでしょう。
彼らは見てはいけないものを見てしまった、という顔をして、目を合わせないまま郵便物を置き、去って行きます。
私の中に残るのは申し訳なさ、そして謎の優越感がありました。
当時は、たくさん本読んでる私えらい!という意識が根底に強くありました。

その当時も読んだ「ヴィヨンの妻」、読んだはずなのに内容を一向に思い出せないし、読み進めるごとにどんどんどんどん眠くなって行きます。
トカトントン」が好きだった記憶はあるのですが、内容は何重にもかけられたセロファンの向こう側にある感じで、ほんの欠片しか思い出せない…

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もっと正気のときにちゃんと読もうと思います。
現在マイスリー1錠でほろ酔い状態なので眠いです。

因みに前回マイスリーを飲んだ時に書いた詩が、全くギャグ要素を含んでおらずとても哲学的だったのでここに残しておきます。

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今日も面白い詩が書けないかなーと期待していたのですが、ひたすら眠いですね。
とりあえずペンを持ってみます。
おやすみなさい。